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父を偲んで

うちうちのことで大変恐縮です。
少し湿っぽい話になりますが軽く聞き流してくだされば幸いです。
 
11月15日の朝7時ごろ 私の父が亡くなりました、享年85歳でした。
二日前に一度倒れ、ひどい打撲を顔面と右肩にしていて大きな内出血跡がありました。
その後にもう一度倒れ意識がなくなり、市川病院のICUに担ぎ込まれ一度は回復したものの、その後病態が急変し帰らぬ人になりました。
本当に呆気ない最後でした。
私はここ4、5日の記憶がほとんど無いのです、今ここに記したのも家内と記憶をやっと辿って思い出しながら書いたものです。
父の元気な姿しか思い浮かびません不思議なことです。

生前父はいつも自分たちのことよりまず私や孫のことを心配してアレヤコレヤと色々聞いてきます、私もあまりしつこいので少し面倒くさく鬱陶しいような時もありましたが「大丈夫だよ、何の心配もないよ」と返します 。いつでも家族の幸せを願っていたのです。
今思うと感謝 感謝の涙です。
 
父は大学を出てからある会社に入り、平社員から役員にまで上り詰めた人です。
ですから自分にも、人にも、とても厳しい人でした。何がどう変わったのか、亡くなる1週間ぐらい前から「ありがとう」とか「俺はお母さんがいないと何もできないんだよ」とか優しい言葉や笑顔が多く出てくるようになりました。
その頃には父自身も死期が近いことを悟っていたのかもしれません。
父の性格はうまれながらの生い立ちにあります。
私たちは知っています波乱万丈の人生だったことを。
体は小さく、両足が生まれながらにして悪く、子供の頃からの跛行があり、その頃から相当なハンデを背負っての人生だったのです。
そればかりではありません13歳のときに兄弟家族が多かったために遠くの親戚の家に預けられたと聞いています。
そんな生い立ちがあってそして、厳しい世の中を渡り歩いてきた人です。
他人には決して弱みを見せず負けん気の人一倍強い人でした。
会社でも生活でも不可能を可能にして行くような強い心の持ち主です。
私たち兄弟にはとてもマネの出来ない大きな存在でした。
さぞ愚息たちを残して逝く事は心配でしょうがなかったと思います。
私の心の中にはいつも父がいます。
悲しくも淋しくもありません。
 
お父さん今度生まれてくるときは丈夫な足で生まれてきてくださいね。
長い間本当にご苦労様でした、天国でゆっくりと羽を伸ばして休んでください。そして温かく見守ってくださいね。
私たち兄弟家族は今後は力を合わせお父さんに決して恥じることのないようしっかり生きてゆきます。
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